魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

スピリチュアルメッセージ|自慢話をやめて気軽さをもつことが幸せの一歩


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スピリチュアル的な人間の健康とは、肉体と精神と魂が調和してる状態である。調和とはカフカである。フランツ・カフカ、…なんのはなしをしているかといえば、ある作家の「過不過(かふか)」のはなし。小説の一説にある過不過、つまり過不足なしという意味、物事は過もなく不過もなくが一番ということだ。自慢話ばかりするというタイプは、自意識が過剰な状態なのだ。

 

 

自慢話をやめて気軽さをもつ必要性

 

自意識が肥大していく過程をほとんどの人は意識できない。それが自然だと思っているからだ。だがそれは承認欲求を満たす手段であり、自慢話をする人物にとって相手は重要ではない。真に自立を果たした人物像は自慢をしない。あるがままで満たされているからだ。

 

強化された自意識の厄介さは、相手がそれを求めていないに関わらず、自意識を満たす手段を用いなければ気が済まない点だ。常に誰かを巻き込む形で、じぶん本位ではなしを進行させてしまう。強化された自意識はたくさんの「ねばならない」に縛られている。精神、魂、肉体の連動が過疎化して、常に交通渋滞をおこしている。勝手に、

 

「男らしくあらねばならない」

 

「真面目であらねばならない」

 

「強くあらねばならない」

 

と考える。だけど肝心なことは、じぶん以外の他人はそんなことを本人に対して求めていないということである。本人が一番気にするけれど、実は一番気にして、一番伝えたいことだけど、相手には迷惑とか不愉快とおもわれる虚しさよ…。

 

「そんなこともできないの?そんなこともしらないの?」

 

自慢者にとって、そうおもわれていると感じるのがなにより恐ろしい。だけど、実際は、

 

「わからないから教えてください」

 

という人物のほうがはるかに人から好かれるというナンセンスである。

 

コミュニケーションがとれるということの前提は

 

「現状の認知を共有できる」ことだ。

 

こころが軽い人は年齢層関係なくコミュニケーションがとれる。見た目も若々しく瑞瑞しい。気軽さをもつ人は自意識にとらわれず、周囲との調和に成功した人物である。森羅万象の理を理解しているから、不毛なことしない。いわない。自身の知識に固執せず、気軽に、人にいろいろと聞いてみるといい。

 

 

気軽さは精神の若さ

 

気軽さは精神の若さを表す。若さとは経験不足からくるものでなく、修養された瑞瑞しさのことである。自意識の肥大をせず、観念に支配されず、森羅万象と調和してこそ本来のじぶんらしさが発揮できるのだ。魂、精神、肉体の修養こそが、究極のアンチエイジング

 

人生に気軽ということは、万物の流れにさからわず物事に執着せず、手離していくという、極めて自然体で健康嗜好なのだ。