魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

スピリチュアルメッセージの受け取り方を意識するな


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スピリチュアルメッセージとは、つまりは啓示、アブラハムが故郷を離れ旅をし、イエス誕生まで、神々により与えられし「指標」「お前はあっちへいって、あれをするように」というやつだ。だけどなぜ受け取りかたなど意識するんだ?じぶんのこころがけしだいで、スピリチュアルメッセージを受け取れるという発想がおこがましい。スピリチュアルメッセージなど受け取れようが受け取れまいが、我々人間は謙虚に真、善、美をつくして日々生きるのみである。

 

 

謙虚に生きろ

 

◯◯すれば、スピリチュアルメッセージがもらえるという発想は驕りである。ハートチャクラが開けばうんぬんというはなしは、たくさんできる、が、こころがけ事態は、計画的であってはならない。行動動機、こころがけは純粋な、真心からのものでなければならない。

 

スピリチュアルを信じるなら、受け取り方などなんの意味がある?

 

目的が肝心なわけではなく、行動動機が大切なわけで、真心から行動した結果であれば、アバウトにいえば、スピリチュアル的側面を意識する必要などない。現状の問題を諦め天国へのキップを手にせんがためのスピリチュアル的行為はすべて不純である。真心は、道筋を明らかにされていない場合であっても、利他的でなければならない。

 

見返りなど求めず謙虚に生きるのみである。

 

つまり、スピリチュアルなメッセージを受けとるには、そういった姿勢が大切だというはなしだ。

 

スピリチュアルメッセージを受けとる姿勢

 

まずはじぶん自身の無意識と繋がること。自身の内面を知り、ことごとく認知の矛盾点をつぶしていくことである。

 

じぶんとの向き合いき方をマスターしていくことで、自然とスピリチュアルメッセージが理解できるようになる。

 

スピリチュアル的専門用語や、さまざまなスピリチュアルな内容のコピペを論じなくとも、生きる姿勢そのものが、スピリチュアルな結果に導いてくれる。スピリチュアルを学ぶというのは、本や情報を学ぶのではない。肌で学ぶのだ。スピリチュアルと題された知識を身につけていることがステータスなわけではない。真に必要なのは道に迷える人を説得することばではない。迷える人を受入れる気持ちなのだ。あなたはあなたが肌で感じたことを大切にしなければならない。

 

受けとるというのは、

 

私はこれだけのことをして、これだけ勉強してきたのだから、受け取れてもよいのではないか?

 

という傲慢さは、NG。

 

受け取る姿勢に必要なのは、心理カウンセリングでもいわれる

 

「受容、共感、傾聴」の姿勢である。

 

スピリチュアルメッセージの受けとり方は、私は知っているという傲慢な姿勢をすべて手放した先にある。