魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

スピリチュアルメッセージ|魂の求める道を選べば充実する


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シルバーバーチの霊訓にあるように、人間は肉体と精神と霊魂でできているという説に対して、最近抗えなくなってきた。スピリチュアリズムというものが、ときに非日常的なものに受けとられがちだけど、つまりは゛自然を生きると健康でいられますよ゛ということを説く学問だ。五感、六感で受けとるじぶん以外との接点に気づき、物事の本質を学びなさいということだ。本質から離れてしまうといまのボクのように、憂鬱を抱えることになるのだ。

 

 

魂の求める道とは

 

申し訳ないが少し私事を交えてはなす。ひとびとはついつい、仕事の出来、不出来といった能力や、高級車に乗っているかどうかといった価値基準をもうけてしまう。優劣を感じたり、苛立ったりと感情はひっきりなしだ。そんな事に意味を見いだせなくなって数年が経つ。正解には興味が持てなくなったといえる。

 

職、家系、習慣、能力、そういったものから離れて、どこまでも延びる青空のした、どこまでも広がる景色に己を放り込んだとする。きっと圧倒されてしまう。嫌でも森羅万象の構成要素としてのピースだと理解刷ることだろう。

 

気づけば、昔からボクには人の無意識を読む力が備わっており、それによって、あまりことばを交わさなくても相手の人となりがわかる。だから、私霊感があるの、とか、いう人物を疑ったことがない。疑うことがつまらないからだ。で、直接周囲に、じぶんの印象を尋ねる人は少ないだろうし、ボクもその一人だったから、予想でしかないがコミュニケーションをとらない奴、何を考えてるかわからない奴と、思われてたのかもしれない。

 

あなたはどうだろう?スピリチュアルなメッセージを、受けとる手段はまちまちだろう。だけど、ふだん生活していて、じぶんのやってることが゛なんかちがうな゛と感じたならば、それは当たっている。

 

根拠のないことに身体は反応しないからだ。

 

人間の一生は、働いて、食べて、寝るをつづけることがほとんどだし、そうする習慣こそが、承認欲求を満たす手段にもなっている。

 

じぶんの内面と向き合い、一年一年、垢をおとしながら精神的、霊魂的にレベルアップしていくことと、歳をとるということを重ねるケースは少ないのではないか。あまりに多忙だと、魂と向き合う暇がないし、向き合わないことで孤独感から目を背ける手段になることもある。

 

しかし、生きるということは常に流れ動いてこそ自然な姿なのである。きのうとおなじじぶんを認識して安心するのは、なにかが違う。

 

はなばなや、自然界のあらゆる箇所に変化が起こるように、本来は、人間も肉体レベル、精神レベルで、じぶんになにかを気づかせる出来事が起こっているのだけど、゛多忙゛に依存してしまうと、内面を整える時間がなくなる。

 

霊魂の求める道とは、ふだん日常で感じる、つらい、しんどいとかって感じることの本質を、じぶんに正直に明らかにしていった先にあるのだ。そうして自然なビジュアルを求めつづけると、外側からみた、人の行動のみで、人を裁いたりすることをやめるだろう。じぶんと向き合う習慣こそが、クローズアップされた現実だけでなく、ロングショットで物事を観察する視野が形成されていく。

 

 

感覚を大事にすること

 

森羅万象は、ひとびとに常に影響を与えていることは書いた。それをどこまで理解できるのかは、ひとそれぞれ異なる。

 

スピリチュアルメッセージを受けとるには、それを受けとれるだけの健やかな人間である必要がある。エンパス能力のあるひとにとっては、その能力がつらいときもあるかもしれないが、それをひとつの個性ととらえてほしい。じぶんはそこが始まりだったんだと、おもえる日を目指してほしい。