原石から大御所まで

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奇才コント師『チョコレートプラネット』の世界|芸風と感想


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みなさまお気づきだろうか?

 

『チョコレートプラネット』の漫才やコントの最大の持ち味は「ジレンマ」であり、観客は常に゛暖簾に腕押し゛状態で見いってしまうことに。

 

片方の善意が、まったく悪意のない主観によって、さえぎられ、押しても、ついても、本来物事を進展させたい方向に向かわせることができないというジレンマだ。

 

彼らの笑いには、他の漫才にはない、切なさと、やるせなさと、可笑しさが同時におこることが特徴であり、非常に斬新なコンセプトである。

 

そこには、一種の怖さが存在するといえるのかもしれない。

 

 

チョコレートプラネットのプロフィール

 

結成/2006年

所属事務所/よしもとクリエイティブ・エージェンシー

スタイル/コント

賞/2008年キングオブコント決勝進出

2010年ブラマヨ杯デコのみ焼きグランプリ優勝(長田)

2014年キングオブコント準優勝

2015年第36回ABCお笑いグランプリ5位

2015年NHK新人お笑い大賞

2018年キングオブコント第3位

 

ツッコミ担当:長田庄平(おさだしょうへい)

誕生日/1980年1月28日生まれ

出身地/京都府

身長/168Cm

血液型/A型

趣味/ジョギング、陶芸、モトクロス

 

ボケ担当:松尾駿(まつおしゅん)

誕生日/1982年8月18日生まれ

出身地/神奈川県

身長/169Cm

血液型/O型

趣味/バスケットボール、スノーボード

 

[同期]

ハライチ

チョコレートプラネットの考察

 

突飛なはなしで申し訳ないが、『チョコレートプラネット』の笑いを小説で例えると、フランツカフカの゛変身゛である。

 

それがコントの特徴であり、含まれる哲学的なメッセージ性にしっくりくる。

 

『チョコレートプラネット』のコントに、お腹が空いた松尾少年が、親切な長田さんにより、無料でレストランで食事をふるまわれるというものがある。

 

松尾少年にはまず、栗ご飯がふるまわれる。

 

はじめは「おいしいや!」と喜ぶ松尾少年に、つづいて◯◯風栗ご飯がふるまわれる。

 

そのご延々と異なる名前の◯◯風栗ご飯が延々とふるまわれるのであるが、みていてこれは「親切」なのか「わざと」なのかという印象をおぼえたのが懐かしい。

 

ご飯が食べれてよかったねと感じると同時に、みていてすごく切ない。

 

それでいて、可笑しい。

 

チョコレートプラネットのコントにはこうした要素が頻繁に登場し、この場合のような、本来、「お腹が空いた少年に食事を提供する」という趣旨に変化がおこるのが特徴。

 

正直をいうと、実はこんかい、チョコレートプラネットの記事を書くにあたって、少し躊躇してしまった。

 

なぜなら、チョコレートプラネットの笑いを形容するのは実に難しく、ボクにはチョコレートプラネットを表現できるだけの文才と、表現力がないものとおもわれたからだ。

 

だが、この斬新な笑いをどうしても表現したい気持ちが勝ってしまった。

 

チョコレートプラネットの笑いはそれだけ、解釈を断定するのが難しい。

 

笑いとは、一般常識とされるものが、根底から覆る布石を打つことともいえる。

 

チョコレートプラネットの笑いには、その布石が、絶妙に配置されているのだ。

 

手応えを感じそうになれば、肩すかしをくらい、事態が進展を迎えそうになれば、停滞をくらうという、どこか、西洋の喜劇をみている風情がある。

 

それでいて、これでもかこれでもかと、つぎつぎと、新しい状況が高速展開しつづけるため、両者のちぐはぐ感は増していき、比例して、観客のモヤモヤ感と可笑しさはつのっていく仕掛けとなっている。

 

 

チョコレートプラネットの考察2

 

チョコレートプラネットは、古典芸能のモノマネだったり、イッコウさんのモノマネだったりで、長田さん、松尾さん共にキャラクターが際だっている。

 

チョコレートプラネットは、両者がツッコミとボケの両方ができるのだが、その存在感を象徴するかのように、コントでときどき、どちらもがボケつづけるという、一種の新しい芸風が展開される。

 

これはチョコレートプラネットのキャラクターの勝利といえ、コント中のあらゆるネタ構成において、どちらのどんな言動も、変幻自在に流動していく。

 

キャラクターは、チョコレートプラネットの強みである、創造性を展開するのに一躍かっている。

 

松尾さんボケ主体のコントの場合、ある種の、哀愁と可笑しさが入り交じった世界観がうまれ、長田さんボケ主体の場合、おあずけ感と、切なさと笑いが生まれる。

 

それはチョコレートプラネットがチョコレートプラネットとして、活躍する王道パターンだ。

 

おあずけ感、切なさ、笑い、哀愁、のすべてがつまったのがゴルフネタである。

 

ゴルフネタの場合は、打ちたい松尾さんに、こだわりがつよいコーチ役の長田さんが、なかなか、゛自由゛にうたせてくれず、打つまでの動作の矯正が入りつづけ、観客はモヤモヤと笑いの両方を感じる。

 

観客は、チョコレートプラネットのコントからこれまでの人生から覚えた感情を想起し、おなじ状況になった場合を意識するだろう。

 

親父というコントでは、松尾さんがじぶんの親父のことで、悲しいことがあって、それを親友の長田さんに打ち明けるのだが、泣いていて、なにをいっているのかわからない。

 

想いが伝わらない松尾さんは苛立ちをつのらせ、長田さんは、内容への共感よりも、きちんと聞かねばならないという、プレッシャーを感じる。

 

チョコレートプラネットのネタには、その場合なにに重点をおけばよいのかを考えさせられる。

 

ボケの側にたち、じぶんたちの想起のボタンをはめこんでいくであろう部分は、作品事態に一種の即興的な感覚的アートを感じる。

 

非常に哲学的であり、トンチ的であり、理知的な要素を含んだ仕上がりなのだ。

 

ゆえにひとによって、さまざまな解釈ができ、ネタをみていて、わき上がる笑いの質が異なるという、不思議なことが起こる、親感覚コントだといえよう。

 

 

終わりに

 

チョコレートプラネットと、同時期に、年齢的にも近く、人気絶頂の゛はんにゃ゛をよくテレビでみていた。

 

よく動き、よくしゃべり、アクティブさ全快の芸風のはんにゃと、静かで、パズルのピースをはめこむように設計されたチョコレートプラネットの笑いは対照的だった。

 

ゆえに、その静かな存在感がかえって目立った。

 

チョコレートプラネットの笑いは、これまでも述べてきたが、想起する感情が十人十色だ。

 

いいかえれば、それほど、多くの人のあらゆる感情に呼び掛けるものがあり、観客の感心をひきこむクリエイティブな仕上がりとなっている。

 

その笑いは「イロモネア」などの、瞬発力を要求される場所において、生かされ、独自性で笑いをとっていく様は、天才的だった。

 

静かでありながら、彼らの存在感と知名度は、じょじょに浮上していった。

 

彼らの個性的なネタ゛ローマ゛や゛テニス゛などは、チョコレートプラネットならではの創造性と構成力がいかんなく発揮されている。

 

これからも、栗ご飯のような、切なくも、何度もおかわりしたくなるような、哲学的なコントを期待したい。

 

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