魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

スピリチュアルメッセージ|与え下手は貰い下手~人にしてもらってばかりでお返しできないと焦っているあなたへ


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ぼくたちは、ふだんひとになにかと世話になる。生活のうえで協力し合うこともあれば、仕事で助けられることもある。こころの籠った援助に対しては当然、「お返しがしたい」と考えるのがひとの常。だけど、どんな風にお返しをしたらよいかわからないというケースは少なくない。さて、どうしたものか。

 

 

与え下手は貰い下手

 

スピリチュアル的にみて、ひとになにがしかの善行をすることは魂の成長にとって不可欠なことだ。を積む行為である。

 

して、徳を積むというのは、こうすればよいという方程式はない。尊敬する人物の所作を観察して、価値観を理解するうちに、「こういうものかな」とわかってくる。その所作の意味が理解できるようにならないと、ひとになにかを与えることはできない。表面上、仕事や家庭用など、ある一定のルール上で、してもらってお返しをすることはみながやっていることである。

 

もっと重要なことは仕事や家庭におけるペルソナを越えたところで発揮される徳である。例えば目の前にAさんのハンカチが落ちている。知り合いなのでふつうのひとはハンカチを拾ってAさんに「落ちてましたよ」と渡すだろう。

 

だが、そのとき、ハンカチの埃をはたいて渡すという所作にはなにがしか、個人としてこころをくだいている。

 

ハンカチを受けとった側はそうやって、「ハンカチを拾ってもらった」ことの意味を理解する。こればかりは、なにかをしてもらったからお返しをしなくちゃ!と焦ってもいけない。相手は損得感情で行動したのではないので、相手のこころを忖度しなければ、何かをお返しすることはできない。

 

 

目の前の事情でどうにかしようとあがいてもだめで、そんな場合、日頃からのこころがけがなければうまくいかないものだ。小手先は通じないし、メッキは剥がれる。

 

仕事に対して、仕事でお返しすることはできる。そして、こころに対しては、物やお金、仕事ではお返しできない。こころにはこころで対応するのだ。お返ししなくちゃ!と焦っているひとは利己的になっており、じぶんの評価のほうが気になる段階である。

 

お返しができないのは、まず、じぶんしか見えてないからだ。お返しができないのは、素直に浮けとっていないからだ。

 

相手は見返りからこころをくだいてくれたのだろうか?相手が示してくれたこころには、与え返したいと、傲慢になるまえに、受けとることが肝心だ。

 

じぶんがひとにプレゼントを送ったとき、素直な嬉しさを表現してくれると嬉しいだろう。「与えられない」などと考えずにまずは受けとりまくれ。謙虚になり、(今は与えられないけれどと自覚して)受けとっているうちに、お返しの方法ややり方は身についていくものだから。</p