魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

波動の高い食べ物のご紹介


f:id:tarookadato:20190630123756j:image

 

みなさまひごろより波動の高い食べ物を摂取しているだろうか?波動の高い食事は、栄養素とおなじく重要なファクターだ。波動の高い食べ物を摂取すると人は元気になる。では波動の高い食べ物とはどんなものだろう?

 

 

波動の高い食べ物

 

それはズバリ、野菜やフルーツ、木の実である。そう、ここでもスピリチュアル的にみて波動が高いとされる、ひまわりのタネ、ナッツ、オクラ、マメ、マンゴーなどをあげておく。

 

これらの食材は非常に波動が高く、また、ひまわりのタネに関しては、腸でつくられる幸せホルモン、セロトニンを生成するトリプトファンを含んでいる。ただし、実際には自然のものを食べることが一番であるが、なかなかそうはいかない。

 

多くの人はスーパーで食材を買うだろう。そんな場合に意識してほしいのは、自然農法で栽培されたものを選ぶことだ。(現在は波動農法というものもあるのだが)自然農法とは人間が極力植物に手をかけずに、植物の生命力を信じて栽培する農法だ。

 

自然の恵みを直接摂取することとなり、ながらく摂取をつづけることで、ゆるやかに人間の波動そのものを整えていく。

 

食物の波動も育った場所で異なる。ゆえにひごろ食べている食物がどんな場所で育ったかを少しだけ意識してみてほしい。

 

スピリチュアルなパワーフード

 

おすすめはカレーライスである。香辛料や生薬を加えたスープカレーがもっともおすすめである。香辛料、生薬、そこに野菜や木の実、などを加えると、浄化作用+魔除け+高波動な食べ物の完成だ。元気がないときにカレーを食べることは、気力を養うこととになるし、ひごろから意識して食べると健康増進作用が機体できる。

 

料理をつくる人により波動が変わる

 

仮にじぶん、他のAさん、またはパートナーの方がカレーを作ったとする。おなじメニューおなじ材料に関わらず、味や料理の雰囲気が違うのはなぜなのか?料理には作り手の波動がこもる。愛のある気持ちで料理をすればそれは愛の波動がこもった料理になる。料理と作り手は目にみえない繋がりがあるのだ。

 

 

おわりに

健康な食事とは、栄養バランスだけでなく、食べ物の波動が大切である。波動の高い食事とは、波動の高い食材を使った、手作りで愛のこもった食事のことである。高い波動の食事をこころがけて、健康を維持してほしいとおもう。

 

アセンションした特徴をわかりやすく説明|地球に来たわれわれの使命


f:id:tarookadato:20190630061013j:image

さて、アセンションと聞くと、現在進行形で地球の波動が上昇しているため、それがわれわれの肉体的、精神的な部分に変化を与え、高次元の存在と繋がるというものだ。ちなみに高次元と文字を打つと、はじめに工事げんと表示されるのは秘密だ。こんかいはアセンションを誰にでも理解できるよう説明したいとおもう。

 

 

われわれが地球へ来た意味

 

あなたは輪廻転生を信じるだろうか?スピリチュアル的な説明によると、われわれは高級霊の住まう霊界という場所で霊性向上という目的を持ち生活していた。

 

だけども、霊界は、階層式の構造でおなじ霊魂のレベルの者どうしで、グループを組むことになる。なんだか、また違った意味の縦社会を連想してしまう。だけど、それは地球という場所で学び、魂をどれだけ磨き、気付きを得たかで、地球から帰ってきた魂に、「君はよく頑張ったから三年A組ね」と振り分けられた結果だ。

 

そして、また、魂の修行のため「ちと、地球にいくかの~、どういう設定にすれば、霊性向上になるかな~」と霊界でのインターバルをおき、再び魂の修行のために、地球へgo。霊性向上という業績をあげてやるぜ!

 

階層があがり、いずれ高級霊のおわす場所まで到達すれば、輪廻転生をする機能は、絶対のものではなくなる。地球で学ぶ必要がないため、地球に出向く必要がない。

 

霊界にも、音楽や、絵画などといったものがあるようだし、わざわざ階層の異なる魂がバラバラに存在する地球に出向く面白さはすでにないのだろう。

 

だけども、一定の高級霊は、地球に住まう人のために、自ら進んで気付きを与える目的で、地球行きを希望する霊もいる。そういった霊は、歴史のふしぶしに現れ、歴史の教科書に載っていたりするのだ。活動動機は愛によるものだ。われわれの地球での学びも突き詰めると愛に生きる道を選ぶことにある。

 

アセンションの特徴

 

アセンションで起きる変化はライトボディの説明がわかりやすい。

 

われわれの気付きのレベルによって、肉体、精神、脳の構造に変化が訪れる。地球という環境が魂にとってより精巧な働きかけをしてくるため、そこに住むわれわれも影響を受けるのだ。

 

どんな物にも波動がある。つまり振動している。振動数の違いすぎる物同士は同調できない。恐れを動機として生きる人間と、愛を動機として生きる人間は同調できない。現状は愛を動機とした道を促されていると考えればよい。

 

そんな変化で起きる現象は、肉体面では、耳鳴り、目眩、チャクラが熱くなる、原因不明の体調不良など。

 

精神的な部分では、まず過去の古い感情パターンを手放すことからはじまる。人間の感情は瞬間瞬間感じるものだけど、幼少期からの思考パターンによって形成されている部分が大半をしめている。よって、一度それらをクリーンにするようこころがけて、偏りのない視野を獲得することで、いざ、本格的にアセンションへ突入していく。

 

偏りのない視野を体得すれば、つぎに心で物事を判断するようになる。従来と違って、物事を心で観察すると、これまでじぶんを傷つけていた事情含めて、さまざまな事象をま~るく受け入れられるようになる。段々とジャッジしたり、偏見を抱いたりする頻度が減ってくる。

 

なかには、アセンションの過程で、透視など第6勘的なちからを発現させる者もいると聞く。そして、大詰めはいよいよ意識が高次元と交信するという領域にはいる。付け加えると、いまじぶんがアセンションのどのレベルにいるのかという発想よりも、ひびどのように生きるかという意識のほうが重要である。

 

つまりアセンションとは、じぶんを見つめてひび愛を実践しなさいよという、人としてとても普通なことを指導されているのだ。

 

 

おわりに

 

ながい歴史のなかでわれわれは、あまりにも理不尽なことを実践し、モラル的な問題を残してきた。これからは霊的な感性に磨きをかけ、森羅万象の摂理を大切にしながら、自身を節制していかねばならない。世界が愛にあふれた環境になることを願っている。

五次元の意識改革|魂の幸せを解説


f:id:tarookadato:20190625175946j:image

ここではあえて三次元と表現しよう。個人的には、抵抗があるのは確かだが、この記事を訪れてくださる読者のためにはそれがよいはずだ。三次元とはつまり、われわれ一般人の感覚世界だが、物質的な価値観がはびこり、人を裁き、実はものすごく観念的な感覚に支配されていることに気づいていない。ところで、あなたは映画「マトリックス」をご存知?とても面白い映画なのでもう一度みたいな。

 

 

三次元の価値観に飽きたなら

 

ボクはこの例え話が好きだからよく使うのだ。目の前に山がある。それをみて「なんで山があるんだ!邪魔だ」という人は変だろう。

 

だけど車で渋滞していて「なんで渋滞してるんだ!」という人はいる。そう叫ぶ人が渋滞を作っている一人だとは気づかない。根底にはなんで山があるんだ!邪魔だといっている人と変わらない感覚がある。

 

そうした感覚からの脱却が、幸せに気づく一歩なんだな。社会的に仕事でミスをすることは悪いとなっているが、悪いとは何を指して悪い?有名人の騒動に「許せないですね」とインタビューでこたえる。「じぶんがおなじ立場ならそのようにならないと言い切れるのか?」とは考えない。そうした価値観には゛お互い様゛という感覚が欠落している。

 

三次元的な価値観はなにかを落としてなにかに優位性をつけることに満足を覚える。勝ち組や負け組ということばが、その代表格ではないだろうか。人間は勝つことがあれば負けることもあるけれど、勝ち組、負け組などというカテゴリーは存在するのか?そうやって実体のない不安に憑依されていく。

 

あいつが悪い!悪が悪い!正義だ!倍返しだ!とやってると地球はダメになってしまう。さて、ではこのような三次元的な価値観はなにから生まれるかといえば「恐れ」である。

 

五次元の価値観

 

一方五次元的な価値観とは「愛」である。実は愛という響きに漠然としたものを感じているというケースは非常に多い。愛よりも恐れのエネルギー、つまり三次元的価値観で生きることを選ぶ人が多いからだ。

 

そこで、三次元的に愛を実行する手段を解説すると「受容、傾聴、共感」である。心理カウンセリングの来談者中心療法の一つだ。

 

恐れを持つ場合は、自己一致のための社会的、心理的、精神的な優劣を必要とするが、愛を動機に活動することは、自己一致のために、世界があるのではなく、世界のパーツにすぎないじぶんがいるというスタイルをとることだ。

 

あらゆる分別をやめて、己の霊性の向上に励むこととなる。過去の自意識形成からくるしがらみや、思い込み、エゴの投影をやめて、あらゆる価値観を大切にしたいと感じられるようになる。それこそが魂の喜びである。魂の喜びこそがどのような娯楽よりも素晴らしいものだ。物質的な手段に頼らずとも幸せを享受できるのだから。

 

魂の幸福とは「じぶんがじぶんであることに喜びを感じられる」ことだ。

 

 

おわりに

 

物質的な幸福には限界がある。というよりも、物質的な外的刺激は、真の幸福の代替えにすぎない。それは世界をさまざまな角度でみてとれる。魂の喜ぶ道を選ぶ、つまり、ひごろから自身と向き合うという訓練が必要になる。じぶんが持つあらゆる歪みを修正して、物事を観察するクセをつくるんだ。

泣くことは浄化に繋がる|スピリチュアルでみたメリット


f:id:tarookadato:20190623084439j:image

ボクは泣くことを習慣にしている。静かに泣くこともあれば声に出して泣くこともある。決してあやしい儀式ではない。みなさまは泣くことが「意識と感情の浄化」に繋がることをご存知だろうか?ストレスを溜めがちで、なにかと忙しない現在において、仮に男性であっても泣く習慣をお勧めする。

 

 

泣くことは意識と感情の浄化に繋がる

 

インナーチャイルド療法にもあるのだけど、過去のじぶん自身と向き合い、こころの底に抱えた問題と向き合うことは、現状の心理的精神的状態を保うえで不可欠だといえる。

 

同様に意識や感情も、日々向き合わねば゛糸が切れたタコ゛という状態になる。仮に日常における「多忙」というものに依存し、己と向き合わない状況がつづけば、じぶんでじぶんの深層心理がわからなくなる。例えばじぶんの意思で涙を流すことができるひとは、意識記憶、感情記憶にアクセスし、それを具現化するちからがある。

 

実際に起こった出来事にフォーカスする場合もあれば、意識に働きかけイメージを作り出して泣く場合もあるだろう。実際の出来事であれ、想像を被せたものであれ、イメージができるということは、「内的な意識、感情と繋がりを維持」できているのだ。感情はしっかりと感じてやらねば、納得しない性質がある。無理矢理おしこめてしまうと「無視するな」と訴えてくる。

 

゛悲しみ゛という感情は扱い方が非常にデリケートで、なぜ悲しい気持ちになったのかを、ハッキリと自覚できずに放置すれば、感じられなくなる。感じられないから、いいじゃないかという問題ではなく、あなたを苦しめる要因として、へばりつくのだ。蓄積していくと、理由のわからない生き苦しさや、何事をするにもおっくうになったりする。

 

ずっと蓋をするという選択肢もあるけれど、解放してやることが、生き生きと生きることに繋がるのだ。前置きが長くなったが、泣くという行為は泣くまでのイメージづくりに成功しているといえる。じぶんでじぶんの意識、感情の動きが理解できている。そして泣くことで、無意識的に表面化させるべき意識、感情を選択することで、過去の記憶とも繋がっている。

 

泣くことによる浄化をことばで説明するなら、意識的、感情的記憶に触れ、癒すことで修正し、そのつど健康体を維持しているのだ。

 

泣くことはじぶんでできる健康法の一つなのだ。革命家のチェゲバラ氏いわく「ある日の真実が永遠の真実とは限らない」というセリフがボクは好きだ。実際には真実の捉え方は、日々違ってあたりまえであり、それに気づくためには、己の内面と向き合わねばならないというわけだ。

 

強い子は泣かないという偏見

 

幼少期に親や学校で聞かされる「強い子は泣かないの」ということばが、いかに的外れでいい加減なものであるのかが大人になってから理解した。

 

泣くことは感情の整理を行う行為だ。感情を押し曲げて内向させてしまうことのほうが危険ではないのか?怒りを感じたとする、その怒りをなかったかのように飲みこめというのは無茶なはなしだろう。そのようなことを続けていれば、大人になってから、心理構造に伴う歪みが拡大していくだけだ。時と場所を考えてどんどん泣けばいい。泣くことで、感情を内向させないようにし、意識的にも解放される道を選ぶといい。

 

 

スピリチュアル的にみた浄化作用

 

「泣くことは強力な浄化作用である。溜まった邪気を涙とともに排出し、雰囲気をクリアにする効果がある。」スピリチュアル的な解釈をすればそんなところ。

 

そして実は泣くことは潜在意識に働きかける効力もあるのだ。ボクは半年間毎日、泣きつづけた時期がある。泣きつづけるうちに過去の辛い記憶が蘇ってくることがわかった。記憶は幼少期に遡り、どのようにして、現在の感情、意識的形成が成されたのかを少しづつしった。「泣き活」である。

 

泣くことを意図的に行い、意識と感情の統合に繋げる方法といえるだろう。そして潜在意識の書記記憶に少しずつ変化がおきて、視野が拡大する。潜在意識への働きかけは、スピリットの喜びだ。より繊細に、より、鮮明に、より、ハングリーに生きるすべが身に付くはずだ。

魂がレベルアップすると人生が変わる|起きる変化を解説


f:id:tarookadato:20190621182645j:image

 

魂をレベルアップさせることは、この地球上に生活する以上、その家賃のようなものだ。旅立ちのとき、どれだけ魂に磨きがかけられたかということは、大金を稼ぐより重要なことだ。仮にスピリチュアルを信じない方々でも、道徳心を養う手段として、こういった考えを否定しないでもらいたい。さて、魂のレベルアップとはどのようなものであろうか?

 

 

魂のレベルアップ前に起きること

 

魂がレベルアップするとき、その前兆として、自意識を有する個体(あなた)が揺れる。これまで培ってきた自己イメージや、物事の捉え方に変化が起きる。その前兆として、自己分離感を覚える。

 

これまでじぶん自身に対して許してこなかった想いを払拭し、あるがままのじぶんを認めようとする。意識は覚醒して、以前より広く現実を捉えることができるようになるため、かつて、気に障るような出来事に対しても「いまなら全然楽勝じゃん」と割りきることが可能となるのだ。後にじぶんが味わった自己分離感は、意識と精神、の統合を行う最中だったと理解できるのだ。

苦難に挑戦せず惰性で生きていれば魂に触れることは決してない。魂がレベルアップするということは、あなたが、見事試練を乗り越えた証拠だといえるのだ。

 

魂のレベルアップによりストレスが減る

 

魂が次の段階を向かえると、それまで気にしていた些細なことが気にならなくなる。人との繋がりにおいても以前のような、せっぱ詰まったような、無理をしていた関係性を求めなくなる。

 

一種の満足感がからだを駆け巡るのだ。

 

俯瞰して物事を観察できるため、気持ちはフラットになり、じぶんを許したように、他人のことも許せる範囲が拡大するのだ。それまで些細なことで溜めていたストレス自体が、じぶんを追い詰める要因でなくなるため、精神的にも安定する。

 

魂のレベルアップで付き合う人が変わる

 

魂のレベルアップが起きると、それまでじぶんを構成していた、心理的、精神的要素が変化するため、従来当然のように営んできた人間関係が変わるのだ。

 

新しい価値観から過去を眺めて、それまでの人間関係の締結の仕方では満足が得られなくなる。

 

道徳的に、心理的に、波長的に、従来の因果を引きずったなにもかもが

 

煩わしく感じてしまうのだ。

 

もしかすると友人や恋人との関係が変わってしまって寂しさを感じることがあるかもしれないが、なんとなくあなたが予感しているように、気にすることはない。新しい人間関係がこれから誕生していくのだから。

 

少食になる

 

アセンションという説明でもいわれていることでもあるが、肉体の変化が起こり、プラーナと呼ばれる大気中の物質をより多く摂取できるようになるので、食事量が減る可能性がある。ボクの場合、緩やかに食が減りはじめ現在は一日一食だ。食事で癒していた不足感が解消し、一層魂としての存在を自覚できるようになる。

 

スピリチュアルに関心を抱く

 

これまで意識すらしてこなかった、じぶんの生きる意味を哲学的に探究していこうとする欲求がわきおこり、自然とスピリチュアル的生き方や考え方に関心を抱くようになる。それはおおざっぱないいかたをすると、これまで意識できなかった摂理に気づいたからである。それは人間界の摂理に留まらず、広い意味での自然界との調和を求める働きが存在することを認めるのだ。

 

 

おわりに

 

魂がレベルアップすると、新しい摂理に適応しようとするために、以前の継続をつづけようとしても難しくなる。これまでご紹介した事柄以外にも、さまざまな部分で変わっていくのだ。そんな場合は現状に身をゆだね、自身の向上と可能性に目をむけるといい。この世に存在するもので変容しないものはないからだ。