魂の旅

スピリチュアルについて書いていく

五次元の意識改革|魂の幸せを解説


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ここではあえて三次元と表現しよう。個人的には、抵抗があるのは確かだが、この記事を訪れてくださる読者のためにはそれがよいはずだ。三次元とはつまり、われわれ一般人の感覚世界だが、物質的な価値観がはびこり、人を裁き、実はものすごく観念的な感覚に支配されていることに気づいていない。ところで、あなたは映画「マトリックス」をご存知?とても面白い映画なのでもう一度みたいな。

 

 

三次元の価値観に飽きたなら

 

ボクはこの例え話が好きだからよく使うのだ。目の前に山がある。それをみて「なんで山があるんだ!邪魔だ」という人は変だろう。

 

だけど車で渋滞していて「なんで渋滞してるんだ!」という人はいる。そう叫ぶ人が渋滞を作っている一人だとは気づかない。根底にはなんで山があるんだ!邪魔だといっている人と変わらない感覚がある。

 

そうした感覚からの脱却が、幸せに気づく一歩なんだな。社会的に仕事でミスをすることは悪いとなっているが、悪いとは何を指して悪い?有名人の騒動に「許せないですね」とインタビューでこたえる。「じぶんがおなじ立場ならそのようにならないと言い切れるのか?」とは考えない。そうした価値観には゛お互い様゛という感覚が欠落している。

 

三次元的な価値観はなにかを落としてなにかに優位性をつけることに満足を覚える。勝ち組や負け組ということばが、その代表格ではないだろうか。人間は勝つことがあれば負けることもあるけれど、勝ち組、負け組などというカテゴリーは存在するのか?そうやって実体のない不安に憑依されていく。

 

あいつが悪い!悪が悪い!正義だ!倍返しだ!とやってると地球はダメになってしまう。さて、ではこのような三次元的な価値観はなにから生まれるかといえば「恐れ」である。

 

五次元の価値観

 

一方五次元的な価値観とは「愛」である。実は愛という響きに漠然としたものを感じているというケースは非常に多い。愛よりも恐れのエネルギー、つまり三次元的価値観で生きることを選ぶ人が多いからだ。

 

そこで、三次元的に愛を実行する手段を解説すると「受容、傾聴、共感」である。心理カウンセリングの来談者中心療法の一つだ。

 

恐れを持つ場合は、自己一致のための社会的、心理的、精神的な優劣を必要とするが、愛を動機に活動することは、自己一致のために、世界があるのではなく、世界のパーツにすぎないじぶんがいるというスタイルをとることだ。

 

あらゆる分別をやめて、己の霊性の向上に励むこととなる。過去の自意識形成からくるしがらみや、思い込み、エゴの投影をやめて、あらゆる価値観を大切にしたいと感じられるようになる。それこそが魂の喜びである。魂の喜びこそがどのような娯楽よりも素晴らしいものだ。物質的な手段に頼らずとも幸せを享受できるのだから。

 

魂の幸福とは「じぶんがじぶんであることに喜びを感じられる」ことだ。

 

 

おわりに

 

物質的な幸福には限界がある。というよりも、物質的な外的刺激は、真の幸福の代替えにすぎない。それは世界をさまざまな角度でみてとれる。魂の喜ぶ道を選ぶ、つまり、ひごろから自身と向き合うという訓練が必要になる。じぶんが持つあらゆる歪みを修正して、物事を観察するクセをつくるんだ。

泣くことは浄化に繋がる|スピリチュアルでみたメリット


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ボクは泣くことを習慣にしている。静かに泣くこともあれば声に出して泣くこともある。決してあやしい儀式ではない。みなさまは泣くことが「意識と感情の浄化」に繋がることをご存知だろうか?ストレスを溜めがちで、なにかと忙しない現在において、仮に男性であっても泣く習慣をお勧めする。

 

 

泣くことは意識と感情の浄化に繋がる

 

インナーチャイルド療法にもあるのだけど、過去のじぶん自身と向き合い、こころの底に抱えた問題と向き合うことは、現状の心理的精神的状態を保うえで不可欠だといえる。

 

同様に意識や感情も、日々向き合わねば゛糸が切れたタコ゛という状態になる。仮に日常における「多忙」というものに依存し、己と向き合わない状況がつづけば、じぶんでじぶんの深層心理がわからなくなる。例えばじぶんの意思で涙を流すことができるひとは、意識記憶、感情記憶にアクセスし、それを具現化するちからがある。

 

実際に起こった出来事にフォーカスする場合もあれば、意識に働きかけイメージを作り出して泣く場合もあるだろう。実際の出来事であれ、想像を被せたものであれ、イメージができるということは、「内的な意識、感情と繋がりを維持」できているのだ。感情はしっかりと感じてやらねば、納得しない性質がある。無理矢理おしこめてしまうと「無視するな」と訴えてくる。

 

゛悲しみ゛という感情は扱い方が非常にデリケートで、なぜ悲しい気持ちになったのかを、ハッキリと自覚できずに放置すれば、感じられなくなる。感じられないから、いいじゃないかという問題ではなく、あなたを苦しめる要因として、へばりつくのだ。蓄積していくと、理由のわからない生き苦しさや、何事をするにもおっくうになったりする。

 

ずっと蓋をするという選択肢もあるけれど、解放してやることが、生き生きと生きることに繋がるのだ。前置きが長くなったが、泣くという行為は泣くまでのイメージづくりに成功しているといえる。じぶんでじぶんの意識、感情の動きが理解できている。そして泣くことで、無意識的に表面化させるべき意識、感情を選択することで、過去の記憶とも繋がっている。

 

泣くことによる浄化をことばで説明するなら、意識的、感情的記憶に触れ、癒すことで修正し、そのつど健康体を維持しているのだ。

 

泣くことはじぶんでできる健康法の一つなのだ。革命家のチェゲバラ氏いわく「ある日の真実が永遠の真実とは限らない」というセリフがボクは好きだ。実際には真実の捉え方は、日々違ってあたりまえであり、それに気づくためには、己の内面と向き合わねばならないというわけだ。

 

強い子は泣かないという偏見

 

幼少期に親や学校で聞かされる「強い子は泣かないの」ということばが、いかに的外れでいい加減なものであるのかが大人になってから理解した。

 

泣くことは感情の整理を行う行為だ。感情を押し曲げて内向させてしまうことのほうが危険ではないのか?怒りを感じたとする、その怒りをなかったかのように飲みこめというのは無茶なはなしだろう。そのようなことを続けていれば、大人になってから、心理構造に伴う歪みが拡大していくだけだ。時と場所を考えてどんどん泣けばいい。泣くことで、感情を内向させないようにし、意識的にも解放される道を選ぶといい。

 

 

スピリチュアル的にみた浄化作用

 

「泣くことは強力な浄化作用である。溜まった邪気を涙とともに排出し、雰囲気をクリアにする効果がある。」スピリチュアル的な解釈をすればそんなところ。

 

そして実は泣くことは潜在意識に働きかける効力もあるのだ。ボクは半年間毎日、泣きつづけた時期がある。泣きつづけるうちに過去の辛い記憶が蘇ってくることがわかった。記憶は幼少期に遡り、どのようにして、現在の感情、意識的形成が成されたのかを少しづつしった。「泣き活」である。

 

泣くことを意図的に行い、意識と感情の統合に繋げる方法といえるだろう。そして潜在意識の書記記憶に少しずつ変化がおきて、視野が拡大する。潜在意識への働きかけは、スピリットの喜びだ。より繊細に、より、鮮明に、より、ハングリーに生きるすべが身に付くはずだ。

魂がレベルアップすると人生が変わる|起きる変化を解説


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魂をレベルアップさせることは、この地球上に生活する以上、その家賃のようなものだ。旅立ちのとき、どれだけ魂に磨きがかけられたかということは、大金を稼ぐより重要なことだ。仮にスピリチュアルを信じない方々でも、道徳心を養う手段として、こういった考えを否定しないでもらいたい。さて、魂のレベルアップとはどのようなものであろうか?

 

 

魂のレベルアップ前に起きること

 

魂がレベルアップするとき、その前兆として、自意識を有する個体(あなた)が揺れる。これまで培ってきた自己イメージや、物事の捉え方に変化が起きる。その前兆として、自己分離感を覚える。

 

これまでじぶん自身に対して許してこなかった想いを払拭し、あるがままのじぶんを認めようとする。意識は覚醒して、以前より広く現実を捉えることができるようになるため、かつて、気に障るような出来事に対しても「いまなら全然楽勝じゃん」と割りきることが可能となるのだ。後にじぶんが味わった自己分離感は、意識と精神、の統合を行う最中だったと理解できるのだ。

苦難に挑戦せず惰性で生きていれば魂に触れることは決してない。魂がレベルアップするということは、あなたが、見事試練を乗り越えた証拠だといえるのだ。

 

魂のレベルアップによりストレスが減る

 

魂が次の段階を向かえると、それまで気にしていた些細なことが気にならなくなる。人との繋がりにおいても以前のような、せっぱ詰まったような、無理をしていた関係性を求めなくなる。

 

一種の満足感がからだを駆け巡るのだ。

 

俯瞰して物事を観察できるため、気持ちはフラットになり、じぶんを許したように、他人のことも許せる範囲が拡大するのだ。それまで些細なことで溜めていたストレス自体が、じぶんを追い詰める要因でなくなるため、精神的にも安定する。

 

魂のレベルアップで付き合う人が変わる

 

魂のレベルアップが起きると、それまでじぶんを構成していた、心理的、精神的要素が変化するため、従来当然のように営んできた人間関係が変わるのだ。

 

新しい価値観から過去を眺めて、それまでの人間関係の締結の仕方では満足が得られなくなる。

 

道徳的に、心理的に、波長的に、従来の因果を引きずったなにもかもが

 

煩わしく感じてしまうのだ。

 

もしかすると友人や恋人との関係が変わってしまって寂しさを感じることがあるかもしれないが、なんとなくあなたが予感しているように、気にすることはない。新しい人間関係がこれから誕生していくのだから。

 

少食になる

 

アセンションという説明でもいわれていることでもあるが、肉体の変化が起こり、プラーナと呼ばれる大気中の物質をより多く摂取できるようになるので、食事量が減る可能性がある。ボクの場合、緩やかに食が減りはじめ現在は一日一食だ。食事で癒していた不足感が解消し、一層魂としての存在を自覚できるようになる。

 

スピリチュアルに関心を抱く

 

これまで意識すらしてこなかった、じぶんの生きる意味を哲学的に探究していこうとする欲求がわきおこり、自然とスピリチュアル的生き方や考え方に関心を抱くようになる。それはおおざっぱないいかたをすると、これまで意識できなかった摂理に気づいたからである。それは人間界の摂理に留まらず、広い意味での自然界との調和を求める働きが存在することを認めるのだ。

 

 

おわりに

 

魂がレベルアップすると、新しい摂理に適応しようとするために、以前の継続をつづけようとしても難しくなる。これまでご紹介した事柄以外にも、さまざまな部分で変わっていくのだ。そんな場合は現状に身をゆだね、自身の向上と可能性に目をむけるといい。この世に存在するもので変容しないものはないからだ。

スピリチュアルメッセージ|人を見抜くにはエネルギーの流れを観察するといい

 
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「良い人悪い人」というけれど、あなたにとって良い人であるか、悪い人であるかが肝心である。人間は波長の合う者同士で仲良くなる。例え波長が高く人格的にも優れている人物が近くにいたとしても、じぶんとは合わないなと感じることもあるだろう。そんな意味でこんかいは、エネルギー的観点から人間関係をみる仕組みをご紹介しよう。

 

 

表面上のことばは関係ない

 

例えば、仕事場にミスをしてもあまり怒られない人と、ちょっとしたミスでも怒られる人がいるだろう。そこには怒る人の個人的感情が働いている場合がある。仕事のミスという、きっかけを得て、相手を責める口実とするというケースだ。「俺はお前のために怒ってるんだ!」といいながら、内面は違っているといった感じ。

 

他には、物腰が柔らかく、相手を持ち上げるのが上手な人の表面上のことばが、相手方の真実の姿に対することばとは限らない。なにがいいたいかといえば、付き合う相手を選ぶ場合、会話のやりとりよりも、その相手といるとき、じぶんがどんな心境であるのかが大切だということ。

 

エネルギーで相手をみるとは?

 

人それぞれに量は違えど、一日を活動するエネルギーがある。相手方との交流において、エネルギーの質の違いや、エネルギーの増減から判断して付き合う人間を選ぶという選択がある。エネルギーが減るなと感じる相手は避けて、相互的にエネルギーが膨らむ関係を構築できる人物と付き合うというスタイルならば、根本的な部分で過ちがおきない。

 

あなたのエネルギーが減るということは、あなたと相手方の波長があっていないか、あなたのエネルギーが流れているということである。

 

根底には、価値観や、道徳心、生きる方向性の違いがあるということだ。少なくともあなたのエネルギーが毎度毎度減るという場合、あなたの価値観や内面を理解されていない可能性がある。相手方はあなたという人物を把握できていない。

 

逆にエネルギーが相互的に増えるというケースは、相手方があなたを認め、価値観を尊重しているということだ。あなたという人間のどこを尊重し、発展していけるかを意識している。

 

エネルギーの質が異なる相手というのは、あなたを理解しないわけでも、価値観を認めないわけでもないけれど、内面に抱えた心境に差がありすぎる状態といえる。散らかった部屋に住む人と、掃除の行き届いた人とが一緒に暮らすと、口論になるだろう。それとおなじことである。

 

エネルギーの質が合う人間関係は非常に安定したものとなるだろう。

 

そしてエネルギーが搾取されることなく互いに増える関係というのは、発展の象徴といえる。

 

 

おわりに

 

人間関係の捉え方をエネルギーで読み取るという方法は、「脅威を取り除く」という発想が元にある。あなたからエネルギーを搾取する相手を遠ざけることができるし、あなたが元気になる人間関係を引き寄せることができるようになる。そのエネルギー的干渉は本来受けねばならぬものか、じぶんに必要のないものか、選択できるのはあなたしかいない。

 

エナジーバンパイアを自覚する人は多い|克服方法とは?


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あの人と話していたらぐったりする、なんて感じた場合は、あなたのエネルギーはその相手に流れているかもしれない。意識的、無意識的に利己的な欲求を満たすために他人からエネルギーを奪う人物をエナジーバンパイアと呼ぶ。ただしそれは、家庭環境や社会環境が影響しており、本人のみの問題ではない。ゆえにこんかいはエナジーバンパイアを克服するための方法を書こうとおもう。

 

 

エナジーバンパイアを意識した時

 

エナジーバンパイアとは他人のエネルギーを奪って生きる人というのが通説であるが、その根底には愛情不足と、承認欲求が存在する。

 

満たされぬ愛情のかわりに、自意識を肥大させるという方法によって、欠乏感を癒そうとしてきた幼少期の経験を大人になってもつづけているのである。

 

相手より優位に立ちたい、じぶんは特別だとおもいたい、誰かの期待に答えねばならぬという強迫観念、それらは、エネルギーバンパイアの過去に支配的な人間関係しか存在しなかったということだ。エネルギーバンパイアの親も、こどもの精神エネルギーを搾取しており、家族間の負の連鎖となっている。

 

昨今、エネルギーバンパイアという単語も普及したため、じぶんもそうではないか?と自覚する者もボクの周囲にも少なくはない。実際にじぶんがどういう法則に乗っとりエネルギーを満たしているかは、本人が無自覚な場合が多いけれど、他人からの冷たい目線、話をしていてもどこか気持ちが触れあっていないということには気がついている。

 

実際に「エネルギーを吸っているかも」と語った知り合いは存在する。もし本人が意識し改善しようと考えるならば克服する方法はある。

 

エナジーバンパイアの思考

 

エナジーバンパイアは機能不全家族の連鎖の影響を受けた人物であり、抱いている利己的な欲求は、昔親から叶えて欲しかった願望である。親の代わりになる誰かにおもいっきり甘えることをしてみたい、そんなおもいを抱いている。

 

甘えの欲求がながら、去勢や見栄を張って寂しくないフリをした場合、他人への接し方が非常にぎこちないものになる。他人を通してじぶんの正統性を証明したいと、感じはじめ、成功や出世、または仕事ができることを持ち出し、他人よりも優位にたつことで、自己証明しようとする。それはまるで、幼い子が蝉をとってきて、すごいだろうと親に自慢しているようだ。ありのままでも、あなたはあなたであるという感覚がどうしても理解できない。

 

エナジーバンパイアといて疲れるのは、じぶんの欲求を満たすことが第一優先で相手の価値観が存在していないからだ。仕事場や家庭といった場所ではお互いの価値観を尊重しなければ、機能を果たせなくなる。

 

じぶんは会話に疲れたから、そっとしておいてもらいたい。だけどそれが許されない。もっと、もっと欲求を叶えてほしいとせがまれる。いまはせっぱ詰まった家計のはなしをしたい、だけどエナジーバンパイアは強引にじぶんの欲求を満たすためにはなしを戻す。

 

そして否定され孤独を感じると、じぶんを守るためにさらに自意識を強化する。自意識を周囲に投影させて、おもいこみを事実だとおもいこむ。

 

 

エナジーバンパイアの克服方法

 

エナジーバンパイアを克服するには、一番のお勧めは、

 

一人の時間をつくること

だ。一人きりになり、自身の内面を投影させる相手がいなければ、内面に目を向けるしかない。静かな環境で瞑想をするのもいい。誰かを求め、寂しく、孤独を感じやすい人にとって本当は一人きりを堪能できる時間が大切なのだ。

 

内面が整ってくれば、おのずと、それまでの人間関係のぐだぐだの経緯が理解できて、改めようと感じられる。もう一つは、

 

エナジーバンパイアから搾取しているエナジーバンパイアから離れること

 

である。エナジーバンパイアがバンパイアされているという構図は非常に多い。そんななかにいると利他的な関係の構築は学べない。自立するために動き出すべきだ。些細なスタートでかまわない。一人で遠出をしてみるとか、旅行したりすると、無意識に働きかけてくる現象と出会えるのだから。